革靴そもそも話 革靴の美しき佇まい『バックシャン』

革靴そもそも話 革靴の美しき佇まい『バックシャン』

本大会さながらの大熱戦の中幕を閉じた「第3回北海道靴磨き選手権大会」。筆者は久方ぶりに札幌を訪れていた。
「ここ昔、拓銀の本店があった場所だ。すっかりきれいなビルに建て替わって…」

などと感慨に浸っていたところ異変に気づく。
何かおかしい。左足の踏み心地に違和感を感じる。
ふと下を見やるに、履いていた靴のヒールが見事に脱落! 左足だけ超ぺたんこのノーヒール状態になっていたのである。

冷や汗をダラダラとかきながら宿に戻り、壊れた靴のかかとを呆然と見ながらふと「この靴、かかとの縫い目の始末、結構きれいだなぁ…」と思ってしまった訳である。思ってしまっては仕方がない。そこから小一時間ほど、持って来た他の靴も含めそこばかり見比べてしまった、そんな性分なのである。

突然のトラブルを前に平常心を取り戻そうとした、そんな男心もあろう。しかしながら、一度気づいてしまったものは深掘りしなければ失礼と言うもの。そんなこんなで(?)、今回は今更気付いた「アッパーのかかと周りの仕様」に沼々しく迫ってみる。

誰も気に留めない。しかしその実、様々なやり口が

まず以って本題に入る前にタイトルに冠した『バックシャン』についてタイトル回収しておくことにする。
『バックシャン』とは、(洋語[英語] back+[ドイツ語] schön) で表され、しばしば「女性のうしろから見た姿が、均整がとれて美しいこと。また、そのような女性 」を指す言葉である。昭和初期には「後ろ姿は美しいが前から見ると失望するような場合に多く用いられた」ともされている少々俗っぽい言葉遣いでもある。

要は、「後ろ姿は紛れもない完璧な立ち姿」を意味しているとも言えるわけである。このことを念頭に、革靴の『バックシャン』について語り尽くしてみる。

まず、スリッポンやブーツの類を含めるともっと多くの種類が存在するものの、レースアップの短靴では、アッパーの後端部の始末は以下の5種類に大別される。そしてこれらが複数組み合わされる場合も多い。例えば「AとD」とか「BとC」「CとD」などだ。
応用に入るにはまず基本から。ということで、一つ一つ見ていこう。

A: シンプルな縫い割り

履き口の上端が「黒くて細い革」で補強されているので、縫い割りだけで済んでしまう。

特段の工夫をするわけでもなく、上から下に潔く一直線の割り縫いの縫合線が走るタイプ。履き口の伸びを防ぐため、そこをパイピング(履き口の裏側に別のテープ状の革を貼り付け縫い合わせる処理)、もしくはビーディング(テープ状の革を2つ折りにし、その環の部分をアッパーとライニングの間に挟み込んで縫い合わせる処理。別名「玉だし」とも呼ばれる)で補強しているものが一般的である。

この仕様は十分な強度を保ちながら量産も念頭に簡潔に仕上げることを前提としたものと想像する。トライ&エラーを繰り返しながら到達した「無駄の無い機能美」だとすれば、なるほどシンプルさの中にも奥深さを感じざるを得ない。

B: 形状が名の由来となったドッグテイル

このように内くるぶし側に「耳」をつけるのが一般的。クランクの個所のミシンステッチの処理にも注目だ!

縫い割りの上端部に「クランク」を設けることで着脱時の加重・衝撃を逃がし強度を持たせる、何気なくも効果的なやり口。それが「ドッグテイル」である。運転免許試験で散々苦しめられた憎っくきクランクを思わせる(筆者談)。

曲線的に作ることで「犬の耳のような印象」を醸し出すこの構造はどこか情緒的な印象を受ける。考案者は新しいフォーマットを提案しながらも、作り手が個性を表現する余地を残したのではないかと感心せざるを得ない。位置や形状、大きさを工夫することで犬種や気性などの「キャラ付け」の試みが見て取れる。つまり、作り手の個性が結構垣間見えるのである。実に興味深い。

また、通常はクランクを内くるぶし寄りに付けるが、中には天邪鬼に外くるぶし側に設ける場合もあるのだから驚きである。
中々出会わない型であるため、注意深く観察してもらいたい。きっと好きな犬種が見つかるはずだ。

こちらは「耳」を外くるぶし側に付けたレアなケース。しかも小さい!

流石ビスポーク。「耳」の反対側にもステッチをかまし、補強を更に確実なものにしている。


C: 縫い目を覆うバックステイ

バックステイでかかと中央の縫い割りを全て覆ってしまったもの。なお、覆うのではなく単にアッパーの革を継いでいるケースもある。

縫い割りを別の革で覆って補強した正攻法。因みにこの別の革パーツ、日本語では「市革(いちかわ)」と呼ばれている。ぜひ覚えて帰ってほしい(何の役に立つかは不明だが)。

この形状は、「上端部のみ最小限的に覆うもの」「下端部までしっかり覆うもの」に更に分類することができる。単純な長方形のものもあれば逆三角形的なもの、鼓状のもの、中にはギリシア神殿のエンタシスのような形のものもあり、作られた時代や歴史的背景、人々の生活に根ざしたデザインが施されている。これもまたある種の「様式美」なのである。

上端部のみ最小限的に覆うものの一例。これでもしっかり補強になっているのだ!


下端まで覆うものの中には、デザイナーの貧乏性故か装飾的なステッチを”コレデモカ”と施されているものも多い。特に、ヴィンテージのアメリカ靴やフランス靴に多く、当時の文化的・歴史的なバックグラウンドが多分に反映されており実に興味深い。

D: ヒールカウンターも同時に隠してしまおう!

ヒールカウンターも一緒にグルっと覆ってしまうのは、ある意味合理的な作戦なのかも?

後端だけでなくかかとの形状を維持するヒールカウンター=月型芯周辺も一緒に覆ってしまう形状のものは、特にブローグ系の靴ではお馴染みだろう。大抵のものは下端部に縫い割りを配することでより立体的な形状に整えられているものが多い。これは、製造時に靴の中心線の位置決めを確実なものにする効果もあり、品質担保を目的とした「現場に根ざしたデザイン」とも言える。この意味では上記写真のように縫い割りを付けていない技アリ系は、案外希少なのかもしれない。

E: なんだかんだで憧れるシームレスヒール

シームレスは、うん、やっぱりスッキリ見えますね!

かかとに縫合線を設けないシームレス仕様は、今日ではトップレンジの既製品やビスポークシューズの代名詞になっている。
確かに縫い割りを付けるよりは大判の革が必要になり、革の歩留まりが悪くなるので必然、高コストになってしまうことは想像に難くない。ただし、複数のビスポークシューズ職人さんに伺ったところでは、技術的にはそこまで難しい仕様では無いとのこと(あくまでビスポークレベルでの話だが)。とすると、かかと周りをツルっとスッキリ見せるための一工夫、と考えたほうが合点が行きそうだ。

自分好みの『バックシャン』を

今回、基本的な『バックシャン』に注目してみたがいかがだっただろうか。
まずは自分のお気に入りの後ろ姿がどれか、一度シュークローゼットをご確認頂きたい。自らこの仕様を意識して靴選びをしている人はほぼいないであろう。にもかかわらず、全く無意識に、似たような形状・同じものばかりが並んでいる…なんてことがありそうな予感がする。
無自覚なフェティシズムが垣間見えるのはつま先や形状ではなく、案外『バックシャン』なのかもしれない。

革靴ひとり語り

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服飾ジャーナリスト、専門学校近現代ファッション史講師 「身に付けている人を引き立たせるモノ」を良品と捉え様々な名作を紹介。歴史的背景を絡めた考察を渾々と語り尽くすスタイル。

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